「日曜小説」 マンホールの中で 4 第二章 7


「日曜小説」 マンホールの中で 4

第二章 7


 あの二人には身寄りがないので、あの二人を選びました。この言葉は、次郎吉には何か刺さる言葉であった。自分も身寄りがないというのではない。自分の相棒が郷田に殺されてしまったとき、そう、昔、郷田の宝石屋に盗みに入って見つかってしまったとき、自分も逃げてしまったではないか。その時に、「あいつは身寄りがないし」と思ったことは間違いがない。自分が弔ってやればよい、そう思って逃げてしまったのではないか。いや、あの時は、自分は死にたくないと思って必死に逃げたに違いない。

 いや、あの時にあいつのことを・・・・・・、そもそもあいつの名前なんだっけ。

 次郎吉は、あまりにも様々なことがありすぎて、頭の中が混乱していた。

「次郎吉、どうした」

 時田は、心配そうに次郎吉の肩をたたいた。

「いや」

「青大将のおかげで、何とかパトカーが無線で動くようになった。これでバス会社の前までパトカーを動かすことができるし、それに、それに誘導させてゾンビも連れてゆける。元々は、パトカーを動かしたいわけではない。我々がやりたいのは、あのバス会社の中にある、郷田が持っている書類。あの中身を見て、このゾンビ騒ぎの解決方法を探りたいのだ」

 そうだった、ここでやらなければならないことは、実はパトカーを盗むことではなく郷田のところに行ってあの書類の中身を見てくることであった。青大将が犠牲になったということが、なんとなく次郎吉の感覚をおかしくしていたのであろうか。

「ちょっと間を明けた方がいいか。」

 時田は心配して、次郎吉に行った。

「いや・・・・・・」

「まあ、良いじゃないか、次郎吉も少し休ませてやったらどうかな」

 善之助が横から口をはさんだ。斎藤も戸田も、小林婆さんも、皆そこに集まっていた。

「爺さん」

「何でもすぐにやらなきゃならないってことじゃない。その前にこっちもやれることがあるだろう」

 善之助は珍しくそう言った。

「そうね。善之助さん」

 小林がいった。戸田も斎藤も頷いてみている。

「こんなところでずっと避難生活していても面白くないからな。時田さんと次郎吉に全ていいところ取られても困るからな」

 善之助はそういうと、立ち上がった。

「爺さん、目が見えないのに」

「目が見えなくても電話くらいは掛けられる」

 善之助はそういうと、突然時田の机まで行って、受話器を取り上げた。

「善之助さんは、目が見えているのか。なぜすぐに電話の位置がわかるんだ」

「ここにいて時田さんの足音と浮気の上げ下げの音が聞こえれば、わかるもんだよ。いや、目が見えなければ、見えている人よりも良く物が見えているもんだ。時田さん、それくらいは知ってなきゃだめだよ」

 サブローが横で驚いた表情をしていた。

「何処に電話を」

「警察だよ」

「警察。ここは・・・・・・」

「まさか警察もこんな緊急事態に逆探知なんかしないだろうし、時田さんのことだから、当然に逆探知防止がされているでしょう。」

「まあ、その通りですが」

 そういうと、善之助はすぐに電話を掛けた。

「署長を。杉崎善之助です」

「杉崎さん、御無事ですか。今どちらに」

「署長。場所は言えないが安全なところだよ。いやご苦労さん。高みの見物をさせてもらっている」

「それどころじゃないですよ。これはいったい何なのですか」

「いや、説明しなきゃなんないことはたくさんあるんだが、所長。とりあえず、その場を何とか守ってくだされ。ところで、山のふもとにあるバス会社はどういったら近道かなあ」

「バス会社、ああ、あの観光バスの会社ですか」

 警察署長は、何を突然言っているのかというようなことで呆れた。元々議員をしていた善之助の言葉なので、簡単に無視もできない。とはいえ。今目の前にゾンビが山ほど出てきていて、街の半分が廃墟になりそうなところなのに、突然誰も行かないような観光バス会社の話などをされても困るのである。

 警察署長は、近くにいる人に名前を聞いた。

「署長、そんなに邪険にするような話じゃない。あそこに郷田と正木が潜んでいて、今回のことを仕組んでいるとしたらどうする」

「ええ」

 電話の先の警察署長は、いきなり驚いた声を上げた。

「署長の思う通り、このゾンビ騒ぎは郷田の話だ。」

「ではすぐに部隊を」

「違う」

 善之助は、それまで誰も聞いたことがないような大声で、怒鳴りつけた。画面は見えないが、受話器の向こうで警察署長が急に姿勢をただしたのがよくわかる。

「署長。いいか、よく聞け。まずは被害を出さないこと、国民を待ることが警察の務めだ。犯人逮捕は、安全を確保してからでよいのではなかったか。まずは、そこのいる人の安全と、警察官のあ膳を守れ。」

「はい」

「そのうえで、ゾンビは、ゾンビのように見えるが、体内、特に脳内に救う寄生虫によるものであるらしい。こちらで調べたところそのようにわかった。そこで、動きを止めたゾンビを回収し、その中から、寄生虫を取り出して、その寄生虫を殺す方法を見つけ出せ。」

「寄生虫ですか」

 警察署長は驚いたように言った。

「そうだ。これは、我々よりも上の世代はわかっているが、旧日本軍が研究していた兵器なんだ」

「それは東山・・・・・」

「それは言うな」

 署長もそれ以上は何も言わなかった。せっかくこの町の功績になっている戦時中の遺品に傷をつける必要はないのである。

「しかし、それでは郷田たちは」

「あいつらは何かわかっている。あそこに行けば他の解決方法が見えているはずだ。それをこちらは探る」

「杉崎さん」

「いいか、署長は東京の防衛省の本省や、警視庁・警察庁と連絡をして、まずはそれを行うように。その次に、まずは国民を守ることを最優先するように」

「はい」

「それと、パトカーを少し借りるから、それは後に問題にしないように」

「パトカーですか」

 また、警察署長は驚いた声を上げた。こんな時にパトカーなど使うはずはないし、そもそも善之助は目が見えないはずなのであるから、車などは運転できない。

「ダメか」

「いえ、わかりました」

「では、こちらから適当に連絡する」

 善之助は、そういうと一方的に電話を切った。

「爺さん、警察署長にあんな風に電話できんのか」

 次郎吉は驚いた。まさか、今まで一緒にいた爺さんが、こんなに偉い人であるとは思わなかった。

「いやいや、昔馴染みだからな」

 善之助は、そういうとなんとなく笑った。

「次は私が」

 小林は、電話をすると不動産屋であることを活かして、バス会社の電気とガスをいつでも切れるようにした。電気というのは、近くの変電所の内容から分波器を通して電気が通じている。小林は、電気会社に電話をして、今回のゾンビ騒ぎから事故が起きないように、電気を止めるように指示したのである。

「この爺さんと婆さんは、流石にすごいなあ」

 時田も腕を組んだまま感心した表情を浮かべた。

「電気が切れれば、警報もならないし、カメラも動かない。電動の扉もエレベーターも止まるでしょう。いつも、家賃を払わない店子がいると、こうやって電気を止めてしまうんですよ」

 小林の婆さんは、何事もなかったようににっこりと笑った。

「さて、跡はパトカーを動かすだけか」

「時田さん。準備はできています。」

 サブローが、口ひげをいじりながら言った。

宇田川源流

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